事例から「当事者の文脈の辞書」を作る

前回までで、機能ページは事実のフラグメントの積み上げに変わり、FAQも1問1ページのフラグメントになりました。フラグメント同士でリンクを張り合って、関連を補完するネットワークができています。

次の課題は、フラグメントを見つけてもらうことです。見つけてもらうには、適した検索ワードに沿った内容にする必要があります。ところが、その「適した検索ワード」が作り手には分かりません。製品を探している利用者——当事者が、どんな言葉で検索しているのかが分からないのです。

この、当事者が使う検索の言葉の候補を「当事者の文脈の辞書」と名付けました。この辞書にあるキーワードと、機能やFAQのフラグメントを相互にリンクさせるネットワークを作る。それが次の目標です。

辞書の元には、導入事例のコンテンツに目を付けました。導入事例の記事はもともと、当事者の検索ワードを盛り込みやすく、読んだ人が「あ、これ私もだ。うちでもできるか聞いてみよう」と問い合わせにつながるように作られています。

これを逆手に取ります。AIに当事者の役をやらせて、導入事例の記事を読ませる。そこで出てくる「ここが知りたい」というキーワードが、そのまま辞書になるのではないか——そう考えました。

AIが作った「ここが知りたい」には、人間である私が答えます。FAQ編ではAIが答えを書いて私が検収したので、ちょうど配役が逆です。こうしてできた辞書を、導入事例に関連した事例フラグメントにする。そして事例フラグメントと機能、FAQのフラグメントを相互にリンクさせたネットワークを作ります。

まず、試してみよう

発想は悪くありません。まずはこの仮説が正しいか、試してみます。材料は、いま公開している事例20ページです。

AIに渡した最初のプロンプトの趣旨は、こんなものでした。

  • 立場は、情報システム部門・マーケティング部門・Web運用担当のいずれかを、事例の内容に合わせて選ぶこと
  • これから導入事例の本文を渡す。読んで「ここが知りたい」と思った質問を列挙すること
  • 禁止リストにある質問と同旨の質問は出さないこと。言い換えや粒度違いの再掲も不可
  • 質問の一つひとつに、元になった事例本文の記述を添えること
  • 質問は、自社に引き寄せた形にすること。読者の当事者意識を出すためです

3つ目の禁止リストの中身は、既存のFAQ117問です。機能全体を対象に作ったFAQと同じ質問がまた出てくるのは避けたかったので、まるごと渡しました。

これを全事例ページに実行。出てきた質問は276問。似たものを束ねると、26の束になりました。

たとえば、こんな質問です。

当社は商品ブランド、契約ランク、販売地域で公開範囲が変わります。この案件では契約情報をどのような公開条件に変換し、個別の例外をどう扱いましたか?
——元の記述「顧客の契約状況に応じた公開コンテンツの制御」

当社は繁忙期にアクセスが集中しますが、このサイトでは想定同時接続数やピーク時の応答時間をどの水準に置き、どのような負荷試験を行ったのでしょうか。
——元の記述「年商1,000億円超の国内大手製薬企業」

約8,000ページを2ヶ月で公開するために、A社側では何人が参加し、コンテンツ整理や確認にどの程度の工数をかけましたか?
——元の記述「コンテンツ数:約8,000ページ/開発期間:2ヶ月」

読んだ第一印象は「すぐには答えられない質問が多いな」でした。1問目のような話は、その会社の具体的な相談を受けた後でないと答えられません。2問目の性能のような話も、前提を聞かずに一言では答えられません。3問目のような数字の質問にどう向き合うかは、このあと決めることになります。

ただ、どれも検討中の人が実際に抱えている問いです。本音がちゃんと出ている、という合図でもありました。

276問の内訳です。

質問のグループ 件数
費用・期間・成果 59
移行・切替 46
会員・セキュリティ 31
外部連携 16
分析・ログ 14
更新の運用 13
性能・インフラ 13
テンプレート 12
メール 10
障害・保守 7
その他・単独 55
合計 276

上位を見ると、機能の名前がほとんど出てきません。移行、会員、費用、期間、切替。検討中の人が聞くのは機能のことではなく、プロジェクトのことでした。

そして上位の多く——費用、期間、成果——は、回答できません。回答できないのだから、切り捨てるべきなのではないか。そう思う一方で、聞き方に偏りがある気がしてなりませんでした。聞く立場が変われば、出てくる質問も変わるのではないか。

疑いは、実験で潰す

切り捨てを決める前に、この疑いを潰します。276問は、一つの聞き方の産物にすぎないのではないか。当事者の文脈といっても、切り出し方は一つではないはずです。具体的な方法を知りたい人。注意点を知りたい人。製品側の経験談を聞きたい人。インフラが気になる人。切り出し方が違えば、出てくる質問も変わるはず。276問という標本を、母集団あつかいしてはいけません。

それなら実験です。やり方は単純で、1周目の条件から、変える場所を1回につき1か所だけにします。2か所いっぺんに変えると、出てくる質問が変わったときに、どちらが原因か分からなくなるからです。1周目の276問と26束は、比較のものさしとして使います。用意した切り口と、その結果が、こちらです。

切り口 変えたこと 出てきた数
基準(1周目) 立場はAIが事例に合わせて選ぶ 276問
立場① 情報システム部門に固定 160問
立場② 運営担当に固定 160問
立場③ 決裁者に固定 160問
立場④ 制作パートナーに固定 160問
質問の形 「注意点」を聞く形にする 160問
生成モデル モデルを別のものに替える 291問
診断① 禁止リスト(FAQ117問)を外す 160問
診断② 質問ではなく、製品側の経験談の種を出させる 種160個
合計 1,527問+種160個

切り口のねらいを、順に説明します。

立場の4本は、聞く人を替える実験です。1周目はAIに立場を選ばせましたが、今度は「あなたは情報システム部門です」と固定して、同じ事例を読ませます。立場が変わると質問がどう変わるかを見ます。

質問の形は、聞き方を替える実験です。「ここが知りたい」と聞きたいことを挙げさせるのではなく、「この事例のやり方で注意すべき点を挙げよ」という形にしました。知りたいことではなく、心配ごとを言わせる聞き方です。

生成モデルは、書き手を替える実験です。プロンプトは一字も変えず、質問を作るAIのモデルだけを別のものにします。同じ指示でも、モデルが違えば出てくる質問が違うのかを見ます。

診断は2本。①は、例の禁止リストを外して回します。リストなしでもFAQに流れないなら、リストは要らなかったことになります。②は質問をやめて、逆向きのものを出させます。切り出し方の推測に挙げた「製品側の経験談」——事例のやり方について、こちらが語れそうな話題の種を挙げさせました。読者が聞きたいことではなく、私が語れることの目録です。

基準を合わせて9パターン。合計で質問1,527問と、製品側の経験談の種が160個になりました。

切り口ごとに、どのグループの質問が出たかを数えます。行は上の切り口表と同じ並び、列は先ほどの内訳と同じグループです(診断②は質問ではなく種なので、この表には出てきません)。

切り口 費用・期間・成果 移行・切替 会員・セキュリティ 外部連携 分析・ログ 更新の運用 性能・インフラ テンプレート メール 障害・保守 その他・単独 合計
基準(1周目) 59 46 31 16 14 13 13 12 10 7 55 276
立場①情シス 4 10 47 9 4 8 5 5 9 46 13 160
立場②運営 19 15 9 3 5 52 1 11 9 8 28 160
立場③決裁 48 33 13 4 6 6 7 11 11 12 9 160
立場④制作 5 18 7 5 3 8 2 88 6 9 9 160
質問の形(注意点) 8 29 31 8 8 18 6 11 9 9 23 160
生成モデル替え 37 41 21 25 22 22 11 25 17 3 67 291
診断①禁止なし 17 24 27 7 9 26 3 11 9 6 21 160

同じ20ページの事例を読ませているのに、行ごとに、質問が集中するグループがまるで違います。

分かったことが3つありました。

1つ目。立場が、出てくる質問の領域を決めます。制作パートナーの質問は55%がテンプレートの話。運営担当は32%が更新運用。情報システムは障害・保守とセキュリティに寄りました。基準では7件しかなかった障害・保守の質問が、情シスの立場では46件です。立場を1つ替えるだけで、これだけ変わります。

2つ目。1周目のプロンプトに、禁止リストというルールを入れていました。既存のFAQ117問を渡して、これと同じ質問は出すな、というものです。事例を読ませても、機能全般のFAQのような質問に流れてしまわないための保険でした。診断①は、この保険を外して回した回です。結果、FAQと同じ質問への逆戻りはゼロ。禁止リストは、要らなかったのです。質問が事例から離れなかった理由は、別にありました。質問の一つひとつに、元になった事例本文の記述を添えさせる——あのルールです。出どころを毎回示させると、質問は事例から離れられません。この一行が、AIの創作へのブレーキでした。書かせるな、指させろ、です。

3つ目。モデルを替えると、深さが変わります。一方は事例を横断するテーマを出し、もう一方は各事例の細かい各論に踏み込む。使い分けの材料になりました。

見方を変える——数から、中身へ

ここまでは、質問を数えていました。数える見方で分かるのは、どのグループに質問が集中しているかまでです。次は見方を変えて、中身を読みます。

切り口ごとに、質問が集中したグループの実物を1問ずつ並べます。

切り口 質問が集中したグループ たとえば、こんな質問
基準(1周目) 費用・期間・成果/移行・切替 当社でもシーズンごとに資料を差し替えますが、旧資料の非公開化、URLの引き継ぎ、過去のダウンロード履歴の保持はどのように運用しましたか?
立場①情シス 障害・保守/会員・セキュリティ 当社では障害・災害時のRTOとRPOを審査項目にしています。この構成の目標復旧時間、データ損失許容時間、バックアップ保持期間、復元試験の頻度を教えてください。
立場②運営 更新の運用 うちは担当者の異動が多いのですが、CSVの作り方や閲覧制御の設定を引き継ぐために、どのような手順書や教育を用意し、独力で運用できるまで何日程度かかりましたか?
立場③決裁 費用・期間・成果 この案件の初期費用、追加開発費、月額利用料、運用保守費はそれぞれいくらで、何年で投資回収する想定だったのでしょうか。
立場④制作 テンプレート うちはデザイン、HTML/CSS・JavaScript実装、CMS組み込みを別担当にしています。この案件の約10テンプレートは、どのファイルや作業単位で分担し、並行作業時の競合をどう避けましたか。
質問の形(注意点) 移行・切替 既存のブランドサイトを同様にCMS化する場合、ページ、画像、URLを移行する際の抜け漏れや検索流入の低下を防ぐため、着手前にどこまで棚卸しすべきでしょうか。
生成モデル替え 束に入らない各事例の各論 店舗毎の採用情報を掲載しているとあるが、応募の受付はどう実装したのか。CMS内で完結させたのか、外部の採用管理システムに飛ばしたのか。
診断①禁止なし 基準とほぼ同じ分布 既存のログインID・パスワードはどのように引き継ぎ、パスワードの再設定や切り替え時の停止を発生させずに移行したのでしょうか。

質問の文面や前提まで、立場で変わります。

そして中身を読んでいくと、見えてきたことがあります。この中には、消していい質問がかなりある。数字をそのまま聞いてくるもの。審査項目を並べてくるもの。「当社は〜ですが」と、こちらの知らない会社の事情を前提にするもの。数えている間は1,527問という財産に見えていたのですが、読んでみると、ここで答えるべきでないものを大量に含んでいました。「当事者の文脈の辞書」は作れます。ただ、抽出した質問に、そのままダイレクトに答えられるわけではなかったのです。

1,527問作って、9割捨てた

1,527問は、人手で読んで捌ける量ではありません。そこで、ここまでの表を作る下ごしらえとして、似た質問をひとつの束に集めて圧縮してあります。束への振り分けはAIにやらせましたが、機械任せで合っていたのは7割弱。残りは自分で読んで拾い直しました。地味で、一番時間を食った工程です。先ほどの分布の表は、この束の上で数えたものでした。

束ねて全体が見えたところで、台帳に「行き先」の列を作り、質問1,527問の行き先を決めていきました。もう一方の、経験談の種160個は質問ではないので、この仕分けの外——出番は最後の章です。

行き先は5つ。決め方は、こうです。

  • 答える——事例の文脈で、私が答えられる質問。迷ったものは、いったん保留で残します
  • 答えない——費用や性能など、固有の数値を聞く質問。個別の相談でないと、答えることができません
  • 削除——事例のコーナーで扱う話ではない質問。審査の項目、時代に合わない論点など
  • 移送——制作パートナー向けの質問。捨てずに、別コーナーの資産にします
  • 診断枠——実験用の回。もともと母数の外です

この決め方で1,527問を仕分けた結果が、この表です。

行き先 問数
答える 640
保留(まだ迷っている) 121
× 答えない(固有の数値もの) 203
× 削除(情シス・決裁の出自ごと) 222
× 削除(今さらの論点) 30
× 削除(仕分け漏れの回収) 12
→ パートナー向けFAQへ移送 139
− 診断枠(もともと母数の外) 160
合計 1,527

答える640問と、迷って保留にした121問。1,527問は761問になりました。

振り分けの進め方から説明します。1,527問を頭から1問ずつ吟味したわけではありません。大きく裁ける単位から、順に落としていきました。

最初は出自です。診断①の160問は実験用なので、最初から母数の外。制作パートナーの質問は、この事例コーナーが想定する読者ではないので、まとめてパートナー向けFAQ行き。情シスと決裁も、出自ごと外すと決めました。ただし例外を1つ——移行と切替の質問だけは、どの立場から出たものでも拾っています。移行は、誰が聞いても移行だからです。

次は束です。費用、性能、工数、成果。固有の数値を聞く束は、束ごと「答えない」へ。

ここまで落とすと、ようやく1問ずつ読める量になります。残りを読みながら、答える、保留、削除を1問単位で決めていきました。

ここからは、この表の下半分——捨てた側の、そう決めた理由の話です。

まず「答えない(固有の数値もの)」の203問。費用、性能、工数、導入後の成果。分布の表で上位にあった質問で、検討中の人が一番知りたいことなのは分かっています。それでも、答えないと決めました。仕分けながら、理由が2本、言葉になりました。

1本目。固有の数値は書かない。費用、性能、工数、投資回収、検索順位。書けば相場観として一人歩きします。費用の答えなら導入プランのページにあります。「お問い合わせください」——あれが答えです。

2本目。役務の約束になることは書かない。謳うと、できなくちゃいけなくなるからです。

この仕分けの途中で、困ったことも見つかりました。個別の相談でないと答えられない質問を外したのに、残った質問にも「答えられない」ものが多数あるのです。

原因は、自分のプロンプトでした。1周目から、質問を作らせるルールに「自社に引き寄せた形にすること」という一行を入れていました。読者の当事者意識を出すための、あの一行です。ところがこれで、AIは「当社は〜ですが」という架空の会社の事情を勝手に作り出すようになっていました。こうなると質問は、事例に書いていない隙を突いてきます。まともに答えようとすれば、「できません」「わかりません」が並ぶことになります。事実は元の記述を指させる。しかし引き寄せの部分は、AIの創作を自分から許していたわけです。書かせるな、指させろ、と言った口で。この質問群にどう答えるかは、答えを書く段の宿題として台帳に残しました。

次に「削除(情シス・決裁の出自ごと)」の222問。実験ではいい仕事をした2つの立場を、なぜ出自ごと外すのか。出てくる質問が、審査項目と数字だからです。事例のコーナーで答える話ではありません。あれは製品のFAQや導入プランの領分です。

「パートナー向けFAQへ移送」の139問は、捨てるには惜しい中身です。制作パートナー立場の質問は、パートナー向けFAQという別コーナーの資産として、まるごと移送しました。捨てたのではなく、仕分けたのです。

最後に、表には出てこない発見をひとつ。質問の頻度は、答えの重みではありません。AIのペルソナは、RFPのチェックリスト文化を忠実に再現します。たとえば同時編集の質問は山ほど出ました。でも答えは「更新は先勝ち」というポリシー1問で全部吸えます。件数は模擬需要の音量。格は人が振ります。

残った761問の中身は、こうなりました。

質問のグループ 問数
移行・切替 163
各事例の各論 135
更新の運用 103
会員・セキュリティ 91
外部連携 52
テンプレート 49
分析・ログ 48
メール 44
期間・体制 30
障害・保守 27
その他 19
合計 761

11のグループです。費用や成果の質問はほぼ消え、期間・体制は数字ではなく、決め方や進め方の質問だけが残っています。

総括

長い記事になったので、最後にまとめます。

始まりは、一つの仮説でした。導入事例をAIに当事者の役で読ませて「ここが知りたい」を挙げさせれば、「当事者の文脈の辞書」が作れるのではないか。やってみて分かったことが、4つあります。

一つ。プロンプトで、出てくる質問の内容は変わります。最初に出た276問は、一つの聞き方が見せた、一つの断面にすぎませんでした。聞く立場を替えるだけで、質問の集中するグループが動きます。制作パートナーならテンプレートの質問が55%、運営担当なら更新運用が32%です。

二つ。プロンプトの「元になった事例本文の記述を添えよ」という指示が、AIの創作へのブレーキとして働いていました。禁止リストを外しても、質問はFAQに流れませんでした。効いていたのは、この一行です。

三つ。逆に、「自社に引き寄せた質問にせよ」という指示は、事例に書いていない隙を突く質問を大量に生みました。その答えは「できません、わかりません」のネガティブなものになりがちです。

四つ。「当事者の文脈の辞書」は作れます。ただ、抽出した質問に、そのままダイレクトに答えられるわけではありませんでした。選り分けが要ります。

1,527問と種160個は、最終的にこうなりました。

選り分けた先 中身
答えにくい質問 固有の数値、こちらの知らない会社の事情、審査の項目。個別の相談の中で答えるもの 捨てた9割の大半
ティップス 質問の形をしているが、正体は読者の期待。質問を待たずに、経験のある側から差し出すノウハウ 種160個→10セクション・34記事の目次
パートナー向けFAQの資産 制作パートナーの質問。今回の試みで、初めて見えた側面 139問
事例の文脈で答える質問 質問は事例の言葉のまま残し、答えは共通の部品にして複数の質問から参照する。writeWiredのフラグメントと同じ作り方 761問・11グループ

次は、ティップスから書きます。全部が、私の「語れること」でできているからです。